October 25, 2009

鬼無里のサンキョさん

今から三百余年前、そうした修験者の「木食山居」は事有ってこの修行に励み、度々里に下っては世話になった家々に仏像を彫っては残して行ったのだとか。よって、かつては鬼無里に300体ほどはあった「山居仏」の内、現存が確認されるのは80体ほどだそうです。
そのうちの50体を一同に集め、「鬼無里ふるさと資料館」で展示したのが「鬼無里木食山居仏特別展」。これを見てきました。



多くは20cm程度の小振りな仏像で、初期のころのそれは、非常に粗削りなのですが、何とも親しみの湧く風合いの仏像で独特なものです。
またこれを、世話になった家の囲炉裏端で、薪を鉈で彫って作ったところから、斜めに傾いていたり、木の性格をそのまま反映しているところなど好感が持てました。

サンキョさん(鬼無里の人達は親しみを込めてそう呼びます)は虫倉神社の本宮のある元穴(今の虫倉神社/里宮からさらに2時間登る ただし今は道が崩れ簡単には行けないらしい)にも居ることもあったらしく非常にソノマノのある上平地区とも縁が深かったと思います。しかし、上平地区に山居仏はそう多く残っていません。
山に暮らすといっても家を建てたわけでないのです。
単衣行(四季を通じ単衣しか着ない)も併せて修業していたといいますから、雪深い冬はもう少し小川村よりに降りたところのこれも元穴(こちらの方が穴が深いのだそう)ですごしたのだろうということです。

同じく小川村に「高山寺」という立派なお寺があります。
このお寺にはそれはそれは立派な「三重塔」があります。
思い起こせば、初めて鬼無里を訪れた際、ここを通ってこの三重塔を突然見て、こんな山奥にこんな立派な・・・。と感嘆した覚えがあります。
この三重塔もサンキョさんが建てた(再建)したのだそうな。
やっぱり立派なお方です。
この高山寺で数年前千体もの山居仏が発見されたと聞きました。
残念ながらそのすべてを間近には見られないそうです。
サンキョさんは生涯を通じ万体の仏像を彫ったとされています。


(これは初夏ですが)


このところめっきり秋も終盤。気温でいえばすでに東京の冬です。
そうした中、こたつこそ十月上旬に出しましたが、ストーブは今だ来客の時一度しか使っていません。また、五穀は好んで食べますが、山菜、自生きのこ、栗、芋の蔓や間引き菜まで何でも食べます(あたりまえか)。下の子(年長)などは今日も単衣(それも半そで半ズボン)です。
思えば、ちょっとしたプチ(あまりにも)修業中のソノマノの生活です。
早く隙間もふさがなくちゃね。

サンキョさんのプロフィール [more...]